大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1413号 判決 1966年2月10日

控訴人・原告 山田叔

訴訟代理人 檜山雄護 外二名

被控訴人・被告 山田タケ

訴訟代理人 守屋美孝

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴人の当審における新訴のうち、

(一)  家督相続の無効確認を求める訴を却下する。

(二)  家督相続の回復を求める請求を棄却する。

三、当審における訴訟費用は全部控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、控訴人

(一)  原判決を取り消す。本籍京都市中京区車屋町通二条上ル真如堂町三一四番地戸主山田幸次の戸籍につき、(イ)昭和二〇年五月一八日京都市中京区長受理の被控訴人を家督相続人に指定した旨の届出にかかる指定が無効であること、(ロ)同年六月二二日右中京区長受理の控訴人を家督相続人に指定した旨の届出にかかる指定が有効であること、をそれぞれ確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする(なお、右請求は、原審において、(イ)被控訴人を家督相続人に指定した旨の届出が無効であること、(ロ)控訴人を家督相続人に指定した旨の届出が有効であること、の確認を求めていたのを、そのように訂正したものである)。

(二)  控訴人の当審における新請求は次のとおりである。

前記戸主山田幸次の戸籍につき昭和二〇年七月三〇日京都市中京区長受理の被控訴人が家督相続した旨の届出にかかる家督相続が無効であることを確認する。被控訴人が昭和二〇年七月二七日右幸次の死亡を原因としてなした家督相続を控訴人に回復する。

二、被控訴人

(一)  本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。

(二)  当審における新請求につき、控訴人の請求を棄却する。

第二、当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否

次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

(一)  家督相続人の指定は、ひとり被相続人のみがその自由意思によりこれをなし得べきものであつて、右指定の委託、代理等は許されないばかりでなく、右指定は戸籍吏に届け出ることによりその効力を生じ、また、被相続人は自己のなした家督相続人の指定を取り消すことができるが、右取消をなし得べき者はひとり被相続人のみであるばかりでなく、右取消もまた戸籍吏に届け出ることによつてその効力を生ずる(旧民法第九七九条第一項、第二項、第九八〇条)。ところで控訴人は、被相続人山田幸次からその生前の昭和二〇年六月二一日家督相続人の指定を受け、翌二二日右指定が戸籍吏に届け出られたものであるから、右届出と同時に幸次の指定家督相続人たる身分を取得した。従つて控訴人は、幸次が昭和二〇年七月二七日死亡したのと同時に、幸次の家督を相続したものである。そして、幸次において控訴人に対する家督相続人の指定を取り消し、その旨を戸籍吏に届け出ない限り、調停をもつてしても、控訴人に対する右指定を取り消すことはできないものというべきであるから、幸次による右指定の取消及びその届出の事実のない本件において、控訴人が幸次の指定家督相続人たる身分を喪失すべきいわれは存しない。

一方、たとえ戸籍簿に家督相続人の指定の届出の記載があつても、右指定及び届出が被相続人の意思に出たものでない限り、当該戸籍簿上の被指定者について指定の効力を生ずるに由なく、右届出が無効であることはいうまでもない。被控訴人に対する昭和二〇年五月一八日付家督相続人の指定は、山田幸次の意思に基かない偽造の届書によるものであるから元来不存在であり、右届出は無効であるといわなければならない。

かりに、被控訴人に対する右指定及びその届出が有効になされたものであるとしても、他方控訴人に対する家督相続人の指定及びその届出は同年六月二二日になされているのであるから、控訴人に対する指定が被控訴人に対する指定よりその日付において遅れていることが明らかである。かような場合、前の指定は撤回され、後の指定が効力を有するものと解すべきである。従つて、被控訴人に対する右指定は撤回され、控訴人に対する右指定がその効力を生ずべき筋合である。

(二)  控訴人、被控訴人間の京都区裁判所昭和二一年(人)第四六号家督相続無効確認等調停事件につき昭和二一年一二月九日成立した調停は、控訴人の親権者であつた山田建三の錯誤に基く意思表示にかかり無効であるが、その無効原因としてさらに次の点を補充する。すなわち、

(1)  前記のとおり、控訴人に対する家督相続人の指定が有効になされている本件においては、被相続人山田幸次が死亡した後である右調停において、幸次による右指定の取消があり得ないことはいうまでもない。

(2)  右調停条項第一項を目して、家督相続人である控訴人が右調停においてその相続権を放棄したものと解すべきではない。けだし、指定家督相続人についても、法定家督相続人と同様、家督相続権の放棄は許されないものというべきだからである。

(3)  かりに、右放棄が有効になされ得べきものとし、その放棄がなされたものと解したとしても、この場合においては、被相続人山田幸次については、法定家督相続人も指定家督相続人もともに存在しないことになるべく、従つて、旧民法第九八二条第一項の規定により親族会が家督相続人を選定しなければならない場合に該当するところ、その選定のない本件において、被控訴人が当然幸次の家督相続人となり得べき筋合ではない。

(4)  被相続人山田幸次による被控訴人に対する家督相続人の指定が存在しないこと、かりに右指定の事実があつたとしても、右指定はその後撤回されたものと解すべきことは、すでに述べたとおりである。

(5)  およそ被相続人のした家督相続人の指定については、調停をもつてしても、関係当事者間において任意の協定ないし処分をなし得ないものというべきである。

以上によつても明らかなとおり、前記調停は結局無効である。

(三)  確認の利益について。

家督相続人を指定しこれを戸籍吏に届け出たときは、その指定家督相続人は、届出の日付のいかんにかかわらず、被相続人死亡の時にさかのぼつて相続人たるの資格を有し、また遺言による家督相続人指定の場合には、相続開始後遺言執行者が右指定を戸籍吏に届け出ることにより、その指定家督相続人は、同じく被相続人死亡の時にさかのぼつて相続人たる身分を取得する。そこで右指定について争いがある場合には、指定家督相続人たる身分関係の存否確認の訴によらなければならず、相続回復請求訴訟によるを得ない。もし、相続開始原因発生前はもつぱら右身分関係存否確認訴訟によるべく、相続開始原因発生後はもつぱら相続回復請求訴訟によるべきものとすれば、前記遺言による相続人指定の場合には右身分関係存否確認訴訟によることができなくなるという不都合を生ずるのみならず、旧戸籍法関係においても、右身分関係存否確認訴訟の確定勝訴判決によつて戸籍は訂正せられ、指定家督相続人は、被相続人死亡の時にさかのぼつて相続人の身分を取得するから、家督相続の届出をすることができる。従つて、右身分関係存否確認の利益はあるものというべきである。

(四)  家督相続回復請求権の消滅時効の抗弁について。

控訴人またはその法定代理人であつた山田建三が、旧民法第九六六条に定める家督相続回復請求権についての五年の消滅時効の起算点である相続権侵害の事実を知つたのは、昭和三六年三月頃のことに属する。思うに、右時効の起算点である相続人またはその法定代理人が相続権の侵害されたことを知つた時というのは、単に相続開始の事実または表見相続人による相続の事実を知つた時ではなく、真正相続人またはその法定代理人が真正相続人であることについての確信(それは単なる認識や信念ではなく、法律的に裏付された確たる認識、信念を意味する。)を有するに至つたこと、それにもかかわらず、表見相続人が真正相続人を排除して事実上被相続人の地位を継承しているという事実を知つた時と解すべきである。けだし、真正相続人が自己の相続権に基きその相続を回復するためには、裁判上訴求できる確信を持つに至り、初めて自己の真正相続人としての権利を行使し得るに至るものというべきだからである。そして控訴人は、昭和三六年三月頃、被相続人山田幸次の戸籍簿が作り替えられたことを知るに及び、初めて真正相続人として権利を行使し得る確信を有するに至つたものである。よつて、被控訴人の時効の抗弁は失当である。

二、被控訴人の主張

原判決事実摘示の被控訴人の主張中、(2) の主張を、同調停によつて控訴人は家督相続回復請求権を放棄したものであるとの主張に改める。

理由

本訴は、戸主山田幸次が昭和二〇年六月二二日京都市中京区長に対し控訴人を家督相続人に指定する旨の届出をなしこれを受理せられたことにより、控訴人がその指定家督相続人の地位を取得したこと、しかるにその直後頃被控訴人は、同年五月一八日付で被控訴人を家督相続人に指定する旨の幸次作成名義の指定届書を偽造してこれを右中京区長に提出し、中京区長は、右偽造の届書を受理の上被控訴人に対する右指定の届出が先順位でなされたものとして、幸次の戸籍にその旨虚偽の記載をすると共に、控訴人を家督相続人に指定した旨の戸籍の記載を違法に抹消したこと、しかし被控訴人に対する右指定は無効であるから、被控訴人は指定家督相続人の地位を有しないこと、幸次は同年七月二七日法定推定家督相続人なくして死亡し、その結果、控訴人は指定家督相続人として家督相続をしたこと、ところが被控訴人は、右虚偽の戸籍記載に基き、指定家督相続人として同年七月三〇日家督相続をした旨の届出をして戸籍に記載されたこと、を主張し、控訴人から被控訴人に対し、(1) 被控訴人に対する右家督相続人の指定が無効であること、(2) 控訴人に対する右家督相続人の指定が有効であることの各確認(控訴人は、原審において、被控訴人についての右指定の届出が無効であること、控訴人についての右指定の届出が有効であることの各確認を求めていたのを、当審においてそれぞれ右のとおり改めたのであるが、昭和二二年法律第二二二号による改正前の民法第四編第五編(明治三一年法律第九号)第九八〇条によれば、家督相続人の指定はこれを戸籍吏に届け出ることによつてその効力を生ずるものとされていたから、右指定の届出が無効あるいは有効であることの確認を求めるといい、またはその届出にかかる指定が無効あるいは有効であることの確認を求めるというも両者は、単にその表現を異にしたものにすぎず、その請求そのものには何らの変更がないものと解する)、並びに(3) 被控訴人のなした右家督相続が無効であることの確認を求めると共に、あわせて(4) 被控訴人のなした右家督相続を控訴人に回復することを求めるものである。そして本件は、日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律(昭和二二年法律第七四号。同年五月三日施行。)の施行前に開始した相続に関するものであるから、民法附則第二五条第一項の規定に基き、なお前記旧法が適用されるべきものであることはいうまでもない。

ところで、旧法第九六六条は家督相続回復請求権につき消滅時効を規定するのであるが、それの趣旨は、家督相続開始後において同条所定の五年ないし二〇年の期間を経過したときは、たとえ自己に家督相続権のあることを主張するものであつても、その家督相続の回復を許すことによつて家督相続権の所在を紛糺させることを禁じたものであり、たとえ当初不法に家督相続をしたものであつても、右期間経過後は、もはやその回復を請求し得るものがなくなる結果、その家督相続人たる地位を安定させるにあることが明らかである。右法意によれば、不法な家督相続をなした者がある場合において、直接その者に対して自己に家督相続権があることを主張し、その者のなした不法な家督相続を排除し、もつて自己が正当な家督相続人であることの法律上の地位の確定を求めるには、必ず家督相続回復の訴によるべきものであつて、訴名のいかんにかかわらず、他の訴によりこれと同一の目的を達することは許されないものと解するのが相当である。けだし、もしそうでないとすれば、家督相続回復請求権が時効により消滅した後においても、他の訴により家督相続の回復と同一の目的を達することができることとなり、家督相続を永く未確定の状態におくことを避けようとする同条の精神を没却するに至るからである。

そして、本訴のうち、前記の(4) の訴が家督相続回復の訴であることは、その請求の趣旨自体において明らかであるし、また前記(1) ないし(3) の訴が、家督相続回復請求権の行使として提起されたものでなく、これとは別に、身分関係の存否の確認を求めるものであることは、控訴人の主張に照らして明らかである。

しかし、右(1) の訴は、表見家督相続人を表見家督相続人たらしめた原因、すなわち被控訴人を家督相続人と指定したその指定の効力を否定することにより、間接に被控訴人の指定家督相続人たるの地位をくつがえそうとするものであり、(2) の訴は、これとは逆に、自己を真正家督相続人たらしめる事由、すなわち自己を家督相続人と指定したその指定が有効であること、いいかえれば、自己が真正な指定家督相続人たるの地位を有することを直接に確定しようとするものであり、また(3) の訴は、表見家督相続人のなした家督相続の効力を直接に排除しようとするものであつて、これら(1) ないし(3) の訴は、いずれも相いまつて、控訴人が自己に家督相続権があることを主張し、被控訴人のなした不法家督相続を排除し、もつて控訴人が戸主山田幸次の家督相続人であることの地位の確定を求めるものにほかならず、それ以外の何ものでもないから、右は、家督相続回復の訴によらないでこれと同一の目的を達しようとするものであると認めるほかはない。

もつとも、家督相続回復の訴によらないで、その前提たる身分関係、すなわち真正家督相続人を真正家督相続人たらしめ、あるいは表見家督相続人を表見家督相続人たらしめた原因たる身分関係の存否の確定そのものを求める訴であつても、その身分関係の存否が、単に相続権の有無に関するだけでなく、広くそれ以外の身分上の地位に直接間接に関するものである場合(たとえば、被相続人と相手方間の親子関係不存在確認を求める場合など)には、その存否を確定することに確認の利益が認められる限り、かかる訴が許されるべきものであることはいうまでもない。しかし本件で問題となるその原因たる身分関係は、控訴人及び被控訴人についてそれぞれ指定家督相続人たる身分を有するかどうかであるから、そのような指定家督相続人たる身分関係が確定せられたとしても、何びとが真正家督相続人たり得るかということが確定せられるにとどまり、家督相続の関係を離れて、それ以外の身分上の地位に何の影響を及ぼすものではあり得ない。しかも控訴人は、まさに自己が指定家督相続人であることを主張して、表見相続人に対し直接に家督相続回復の訴を提起し得る地位にあるのであるから、それにもかかわらず、家督相続回復の訴によらないで、単にその前提となるにすぎない指定家督相続人たるの身分関係の存否の確定を求める法律上の利益があるものとはとうてい認められない。なお、控訴人は、戸籍の記載が真実の身分関係に反する場合には、これに合致するよう戸籍を訂正する必要上、身分関係の存否そのものを確定する法律上の利益があると主張するのであるが、控訴人の主張するような、戸籍上、自己が家督相続人に指定された旨の記載が違法に抹消されている場合のその回復、表見家督相続人が家督相続人に指定された旨の記載の抹消、表見家督相続人が家督相続をした旨の記載の抹消をなすについては、戸籍法附則第一二九条の規定によつて昭和二二年法律第二二四号による改正前の旧戸籍法第一六七条第一項、第一二九条、第一二五条の規定が適用され、家督相続回復請求訴訟の確定勝訴判決によつてのみこれをなすことができるものであり、家督相続回復の訴によらない前記(1) ないし(3) の訴に基く判決をもつてしては、戸籍編製替などの戸籍訂正はできないものと解せられるから、戸籍訂正の必要からその確認の利益を肯定することはできない。

これを要するに、前記(1) ないし(3) の訴は、家督相続回復の訴によらないでこれと同一の目的を達しようとするものであり、それ以外の独自の確認の利益も認められないから、いずれも不適法として却下すべきものである。

次に前記(4) の訴、すなわち家督相続回復の訴についてであるが、被控訴人は、かりに被控訴人が表見家督相続人であり控訴人が真正家督相続人であるとしても、本訴は、控訴人の法定代理人であつた山田建三が相続権侵害の事実を知つてから五年を経過した後に提起されたものであるから、控訴人の家督相続回復請求権はすでに時効により消滅した旨を主張するので判断する。いずれも成立に争いのない丙第一号証の一ないし四、同第二、三号証を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち、昭和二一年八月二〇日から同月三〇日までの間に、当時未成年者であつた控訴人の父山田建三がその法定代理人となり、弁護士山内暉雄、同石井平雄を訴訟代理人として、被控訴人及び京都市中京区長の両名を相手どり、京都地方裁判所に対して「一、被告等(被控訴人及び右中京区長を指す。以下同じ。)は戸主山田幸次の戸籍につき、昭和二〇年五月一八日中京区長の受け付けた被告タケを相続人に指定せる家督相続人指定届及びタケの家督相続の無効を確認す。二、被告等は右幸次が原告(控訴人を指す。以下同じ。)を家督相続人に指定する旨昭和二〇年六月二二日中京区長に届出をなしたことを確認する。三、被告タケは昭和二〇年七月二二日右幸次の死亡によりなした家督相続を原告に回復すべし。被告中京区長は右幸次の戸籍中、『大阪市城東区放出町千二百九番地ノ三戸主山田建三三男叔ヲ家督相続人ニ指定届出昭和二十年六月二十二日受附』と記載し朱点でこれを抹消部分につき、右抹消を取り消し原状に回復の戸籍訂正手続をなすべし。四、被告タケは右幸次が原告を家督相続人に指定する旨の遺言の存在を確認し、右遺言書の検認並びに遺言執行者の選任申請手続をなすべし。」との請求の趣旨をかかげ、その原因事実として、大要、「戸主山田幸次は昭和二〇年六月二二日原告を家督相続人に指定して中京区長に届け出、幸次の戸籍にその旨が記載された。幸次は同年七月二七日死亡し、原告は家督相続開始の事実を知り、家督相続の届出をしようとした。ところが、すでに同年五月一八日付をもつて被告タケを家督相続人に指定する旨の指定届がなされたとして、被告タケは右指定に基き同年七月三〇日家督相続の届出をなして戸主となつており、かつ、前記の原告を家督相続人に指定した旨の戸籍の記載事項は抹消してあることを発見した。しかし被告タケを相続人に指定した届出は、幸次の意思に反する偽造の届書に基いてなされたものであるから無効であり、従つてこれに基く被告タケの家督相続も無効である。」旨を記載した訴状を提出して訴を提起したこと(京都地方裁判所昭和二一年(ワ)第二一六号家督相続無効確認等請求事件)、右訴訟の係属中、控訴人の父山田建三は控訴人の法定代理人として、前記弁護士両名を代理人とし、被控訴人を相手どり、京都区裁判所に対し、右訴訟の請求の趣旨一、及び二、と同旨の申立の趣旨をかかげ、右訴訟の請求原因とほぼ同旨の主張をして、人事調停を申し立てたこと(京都区裁判所昭和二一年(人)第四六号家督相続無効確認等調停事件)、右調停事件につき、昭和二一年一二月九日控訴人と被控訴人との間に、「一、申立人(控訴人を指す。以下同じ。)は相手方(被控訴人を指す。以下同じ。)が昭和二〇年五月一八日京都市中京区長に提出した相手方を亡山田幸次の家督相続人に選定せる指定届の有効なることを確認すること。二、相手方は亡山田幸次の名義たる第一信託株式会社信託預金元金七、〇〇〇円の元本及び収益の信託預金債権を申立人に贈与し、右信託預金の名義書替手続は遅滞なくこれを行なうこと。三、申立人は相手方に対し京都地方裁判所昭和二一年(ワ)第二一六号及び京都区裁判所検事局に対する私文書偽造告訴事件は直ちにこれを取り下げること。四、申立人及び相手方は相互にその他何等の権利なきことを確認すること。五、訴訟費用及び調停費用は各自弁のこと。」との調停条項をもつて調停が成立し(右調停成立の点は当事者間に争いがない)、前記訴訟は取下により終了したこと、かような事実が認められるのであつて、右事実によれば、控訴人の法定代理人であつた山田建三は、前起訴訟の提起にあたり、戸主山田幸次につき家督相続が開始したこと控訴人が唯ひとり真正家督相続人であること、それにもかかわらず被控訴人が控訴人を排して表見家督相続をしたこと、を知つていたことは明らかであるから、当時、旧法第九六六条に定める相続権侵害の事実を知つていたものというべきである。控訴人は、同条の相続権侵害の事実を知つたというのは、右のような事実の単なる認識あるいは信念をいうのではなく、法律的に裏付され裁判上訴求できる程度の確信を持つに至つたことをいうものであつて、控訴人または山田建三が右の意味における相続権侵害の事実を知つたのは昭和三六年三月頃のことであると主張するが、山田建三は控訴人の法定代理人としてすでに昭和二一年に右のとおり家督相続回復請求権を訴訟上行使しているのであり、右主張は採用できない。そして、一たん提起した右家督相続回復の訴を前記調停成立に伴つてこれを取り下げた後において、控訴人がなお家督相続回復請求権を有するものと仮定しても、少なくとも前記調停成立の日の翌日以降これを行使し得べきものであつたのであるから、その家督相続回復請求権は、前記相続権侵害の事実を知つた昭和二一年八月三〇日から、あるいはおそくとも、被控訴人の主張するとおり、右調停成立の日の翌日である昭和二一年一二月一〇日から起算して、五年の経過と共に時効により消滅すべきところ、本訴が提起されたのがその後である昭和三七年六月六日であり、本件家督相続回復の訴が追加されたのは当審係属中の昭和三九年七月九日であることは、記録上明らかであつて、いずれにせよすでに時効により消滅したことは明白であるから、被控訴人の時効の抗弁は理由があり、本件家督相続回復の請求は、その余の判断をするまでもなく失当であり、これを棄却すべきものである。

以上の理由により、本訴のうち、被控訴人に対する家督相続人の指定が無効であること、控訴人に対する家督相続人の指定が有効であることのそれぞれ確認を求める訴を却下した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、また、当審における新訴のうち、家督相続の無効確認を求める訴を却下し、家督相続回復を求める請求を棄却し、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小石寿夫 裁判官 日野達蔵 裁判官 松田延雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例